Layton Kyouju vs Gyakuten Saibanのレビュー
二つの画風が同じ舞台を分け合う。一方は絵本の系譜を引く、丸みを帯びた柔らかな顔立ちと淡い色。他方は戯画の系譜を引く、角張った輪郭、突き出た顎、大げさな構え。石と瓦の色で水彩に描かれた中世の街という共通の背景が中立の地となり、この二つの線は溶け合わずに並び立つ。
この作品の二つの半分は、それぞれ自前の楽団を保ち続ける。謎解きは手風琴と三拍子の円舞曲で進み、法廷は張りつめた金管と風琴で進み、その行き来は番組の切り替わりのように聞こえる。ところが最終曲だけは二つの編成を一曲に重ねる。それが結論に等しい。二つの世界が本当に融け合ったのは、音楽の上でだけなのだ。
裁判が開かれるのは、魔術が証拠として認められる街である。論証の訓練を受けた弁護士は、前提そのものを拒みながら、その体系の内側で弁じねばならない。規則自体を争うことは許されず、争えるのはその適用だけだ。全篇を貫くこの制約が、きわめて風変わりな応酬を生み、そして最後に用意される説明は、超自然に何ひとつ負っていない。