Lollipop Chainsawのレビュー
甘く弾けるポップとカートゥーンのゴア──けばけばしい色、ラメの虹、グロテスクなゾンビが、須田剛一らしいいかれた世界をつくる。色とりどりのキッチュと、あえての惨殺の対比が、抗いがたい個性を与える。生き生きと荒れ狂うこの視覚演出が、殺戮を痛快なグラフィックの祝祭へと変える。
サウンドは実在の名曲を買い付け、わざと場違いに置く。廊下での虐殺に1981年のポップス、体育館の対決に七十年代の女性ロック。ボスごとに担当する音楽の様式まで決まっている。曲の可憐さと場面の残虐さの体系的なずれが、この作品の皮肉を丸ごと支えている。
出発点は一枚の絵だ。感染を免れさせるために首を落とした恋人の、まだ生きている頭部を腰に提げたチアリーダー。その頭は最後まで出来事に口を挟み続ける。両親も姉妹も加勢する不条理な家族喜劇として引き受けられ、片方に身体のないこの二人の関係が、脅威そのものより大きな場所を占める。
チアリーダーがチェーンソーでゾンビの群れを切り刻む、いかれたベルトアクション——けばけばしい色、下品なユーモア、ラメの奔流の中で。完全に開き直った語り口と切れ味鋭いアクションが、即座で心躍る発散をもたらす。色鮮やかで愉快、猛烈に粋。その奇抜さを堂々と引き受け、殺戮を抗いがたいポップな見世物に変えるアクションだ。