Clock Towerのレビュー
ヒューマンはバロウズ邸をイタリア映画の撮影所のように扱う。明暗の強い廊下、飾られた絵画、隠し階段、嵐に打たれる窓。金髪のジェニファーの立ち姿はあの国の恐怖映画をあからさまに思わせるが、彼女は広間の中でいつも小さい。そして鋏男は、安全だと思っていた画面に必ず現れる。
この作品はおおむね無音のなかで進む。足音、扉、そして刃のこすれる音がそれを切り裂くだけだ。音楽が鳴るときは伴奏ではなく危険の合図で、耳をつく持続音、狂った音程の弦、恐慌とともに速まる反復が押し寄せる。この切り詰めが一音ごとを情報に変え、待つ時間を耐えがたくする。
人里離れた館に閉じ込められた孤児の少女は、巨大な鋏を持つ殺人鬼から、ただ逃げ惑うことしかできない。無力さの恐怖の先駆けとして、物語は戦いではなく脆弱さによって恐怖を醸し出す。複数の結末と息詰まる空気が、本作をサバイバルの先駆たるカルト作に仕立てた。