The Legend of Zelda: Breath of the Wildのレビュー
生きた水彩画のように描かれたハイラル。柔らかな稜線、遠くの霞、丘を滑る光が常に地平線へと誘う。カートゥーンでも写実でもない半リアルな表現は抜群の視認性を保ち、色あせない時代を超えた魅力を放ち続ける。
片岡真央と彼女のチームが選んだのは「引き算」だった。まばらなピアノ、廃墟のハイラルに漂う断片的な音、そして楽器として扱われる沈黙。音楽は息をひそめ、戦闘や夕暮れでふと花開く。その慎ましさが放浪と驚きに寄り添い、現代ゲーム音楽でもっとも語られ愛される選択であり続けている。
どんな崖でもよじ登り、遠くに見える頂へ滑空する。その移動の自由こそが本作の核だ。物理と化学のエンジンは即興を歓迎し、解法はすべて自分だけのものに感じられる。武器の脆さは今も気になるが、手を引かれずハイラルを歩く感覚は今なお唯一無二で、年月を経ても色あせない。
ハイラルに足を踏み入れれば寄り道の連鎖が始まる。登った塔が祠を映し、祠がコログへ、コログが村へと導く。世界の物理と化学であらゆる障害に挑める自由が、どんな丘も自発的な謎解きに変える。『この祠だけ』と起動しては十度も脇道へそれてしまう。開かれた構造は今も基準であり続け、ただ目標が散らばりすぎると一回の遊びが薄まることもある。
ハイラルはあらゆる方向へ広がり、遠くに見える丘がそのまま寄り道になる。百二十の祠、神獣、終わりのないコログ探し、そしてもっと高く登りたいという衝動。冒険はガノン討伐の本筋をはるかに超えて続いていく。決められた終わりのない旅のような自由が、今なお基準とされる理由だ。